歌舞伎 2013年09月04日14時53分

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨


中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

九代目・中村福助が七代目中村歌右衛門を襲名する

 歌舞伎俳優の九代目・中村福助(53)が4日、都内で七代目・中村歌右衛門襲名記者会見を開き13年ぶりに女形の大名跡となる『歌右衛門』を襲名を発表。それに合わせて福助の長男の中村児太郎(19)が十代目・中村福助を襲名することも合わせて発表された。

 福助は2001年に亡くなり、戦後日本の女形代表として海外にまで名を轟かせた六代目・中村歌右衛門さんの跡を継ぐこととなった。襲名披露公演は2014年3月の東京・歌舞伎座『三月大歌舞伎』で襲名披露公演がされ、4月の同所での『四月大歌舞伎』と続けてされる。

 緊張の面持ちで現れた福助は、歌右衛門襲名へ「お話を頂いた時に、夢だと思いました。六代目歌右衛門の叔父を目標に、憧れにして女形として進んできましたし、目標であるお名前を襲名させていただくことに、ただただ身の引き締まる思いです。父から、先祖の歌右衛門、曽祖父五代目歌右衛門のお名前を聞いておりますし、六代目は芸の師であります。心の師匠でもあります。自分がこれからますます精進して、歌右衛門の名前に追いつけるようにただただ頑張るのみです」と、話しだす。

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

児太郎(左)が十代目・福助を九代目・福助が七代目・歌右衛門を襲名する

 同日午前中は雨も降ったが、これは縁起の良いものになったようで、「きょうも雨が降っているんですが、うちの父の中村芝翫は襲名など物事が起こるときは必ず雨が降った雨男でして、父が天国からエールを送ってくれているのかなと思いまして、そんな思いでこの雨を眺めていました」と、2011年に亡くなった福助の父の七代目・中村芝翫さん(しかん、享年83)へ思いを重ねる。

 児太郎は父が歌右衛門を襲名すると同時に福助を襲名することとなるが、「非常に嬉しかったのと同時に気の引き締まる思いがしました。私が生まれたときから、父はずっと福助でおりまして、福助という名前を襲名させていただくということに成駒屋という家が非常に大事にしてきたお名前なので、恥じないようにしたいなと思いました。まだまだ、未熟者ではございまするが、舞台を一生懸命つとめてまいります」と、あいさつ。

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

父子で笑みを見せる

 六代目歌右衛門さんの長男である梅玉は、そんな2人を笑みを浮かべて見守りながら、「一門の端に連なる者として、先祖に対して顔向けもでき、いまはホッとしているところであります」と、胸をなでおろす様子も。

 さらに、児太郎が福助襲名を決意した要因として、芝翫さんが亡くなったことで決心がより強くなったと梅玉が明かし、「子供のころから良い青年で気にかけておりましたが、学業のこともあり舞台の方に専念することがなかったんですが、芝翫兄の死を機に本人も覚悟を決めたことだと思います」と話し、児太郎は、「祖父が亡くなる前に娘道成寺をずっと教えて頂いてて、いつかつとめるぞという思いが絶対につとめるぞに変わりました。役者としてもっと一生懸命やろうと思いました」と、決意を明かした。

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

 

 そんな息子の児太郎へ福助は、「自分はもちろんのこと、周りのみなさん、お客様にも愛されるような役者になってほしいと思っております」と、メッセージを送ると児太郎は、「福助さんと呼ばれても違和感のない役者さんと呼ばれたい」と、前を向いた。

 六代目歌右衛門さんとの思い出について、福助は「高校を中退して歌舞伎の世界に飛び込んだ時に、お芝居を拝見してハンマーで頭を殴られたような衝撃でした。こんな素敵な方がいるんだという気持ちでした。六代目歌右衛門叔父は厳しく歌舞伎のこと、お芝居のことの教えを賜りました。いまこうして女形としてやっていられるのは叔父のお陰だと思っています」と、思い出話を。

 今後どんな歌右衛門になりたいのかについては、「当たり役ということで児太郎、福助の時代とは違ったすごく大きなプレッシャーを感じております。それが正直なところです。どんな歌右衛門というより、恥ずかしくないように自分が芝居の道を励んで、追いついていきたいと思います」と、胸の内。続けて、「ただ1つ残念なところは、歌右衛門と中村勘三郎と名前を並んで名乗りたかったというのは残念です。(勘三郎)お兄さんもきっと天国から守ってくださる」と、昨年亡くなった十八代目・中村勘三郎さん(享年57)のことを挙げていた。

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

 

 また、福助が父の芝翫ではなく歌右衛門を名乗るということについても質問が飛んだが、同席していた松竹の我孫子正専務は、「芝翫さんのお気持ちが強くて、お亡くなりになる前にご相談があった。『自分の気持ちとしては、今の福助に来るときに歌右衛門にしたい』とうかがっておりました。まだ、そのときは芝翫さんはお元気でまだまだと思っておりましたが、お亡くなりになられて、新しい歌舞伎座になったときにみなさんのご同意を得た上でみなさんとご相談をした上で決めさせていただきました」と、説明。

 これに福助は、「親子って照れがあるんですかね。専務から後から伺ったことはあるんですが、父からそういう話は聞いたことはありませんでした」と、しみじみすると、芝翫という名跡について、「寂しさはあります。父がこれまでずっと命をかけて守ってきた名前なので、私も一度はと思っていた名前です。芝翫というお名前はひとかどのお名前だと思っております。ただ、歌右衛門という名前を襲名させていただくという緊張と心の戒めがいっぱいで、芝翫という名前も大事ですが、代々続いているお名前に続いていくのが大事だと思っております」と、思いを語っていた。

 最後に福助は「すごく任命感、感謝、プレッシャーとで揺れ動いています。自分の中で考え方をまとめたりしています。それでも、何度も申し上げる通り自分が歌舞伎という道を進んでいって、歌舞伎を1人でも多くの方にご覧いただくのが私の使命だと思って、まい進していきたいと思います」と、コメントしていた。

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

中村福助を襲名する中村児太郎

中村福助 七代目歌右衛門襲名にプレッシャー!父・芝翫さんから“エール”の雨

中村梅玉