おくやみ 2013年01月23日23時21分

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ


「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

松田龍平

 今月15日に肺炎のため80歳で亡くなった映画監督の大島渚さんの告別式が、22日東京・築地本願寺で行われ俳優の松田龍平(29)ら多くの関係者、ファンが弔問に訪れた。

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

大島渚さん告別式

 大島さんの遺作となった『御法度』で俳優としてデビューした松田は祭壇の前で、撮影のために駆けつけることができなかった『愛のコリーダ』に主演した藤竜也の弔電を代読した。「大島さん、あなたは偉大です。僕のヒーローでした。ロケ地、紋別よりオマージュを込めて」と藤のメッセージを読み上げた松田は、「大島さん、僕らかも」と続け「ありがとうございました」と深く頭を下げた。

 弔辞を読んだジャーナリストの田原総一朗(78)は「我らの世代の最大の映画監督というよりも昭和が生んだ芸術家でした。それも、闘う芸術家でした」と故人を振り返り「『日本の夜と霧』があなたに無断で松竹が上映中止したことに怒って松竹を辞め、それから数々の、いずれもこの世代に強烈な爆弾のような映画をつくり続けました」とその業績を讃えた。

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

 「通常は、中年以降になると分別が出てきて観るものを安心させてしまう作品になるんですが、大島さんは逆に年とともにより衝撃的な作品を出し続けてきました。怒りの塊のような人物でした。このような芸術家は前代未聞です」と語る田村。大島さんとは司会を務める『朝まで生テレビ!』で様々な議論を戦わせが「あなにはテレビ界のタブーもコンプライアンスもいささかの障害にならず、すさまじい迫力でどんどんぶち破ってくれました。実を言えば、(自分は)おっかなびっくりだったんですが、大島さんに怒鳴られるのが怖くて、ブレーキをかけられなかったのであります」と心情を明かした。

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

田原総一朗

 「私自身しばしば『バカヤロー!』『意気地なし!』と怒鳴られました。出演者にも容赦なく怒鳴りました」としみじみと語る田原。大島さんといえばリベラルな発言が持ち味だったが「例えば1988年昭和天皇が危篤状態で、自粛せよという空気が極めて強かった。大島さんは『今こそ昭和天皇論をやるべき』と言い出し、編成局長を騙し、天皇の戦争責任まで追求しました」と振り返った。

 田原は「いずれもこのような無茶苦茶を仕掛けたのはすべて大島大兄(たいけい)です。大島さんはとても怖いけど心強い兄貴のような存在です。大島さんが逝かれて、残念で残念でなりません」と惜しみながらも「しかし、いたずらに寂しがっていたら大島さんに怒鳴られそうです。大島大兄に比べればなんともひ弱ですが、魂は引き継がなくてはならないと強く感じています」と遺影に誓った。

 この日は約700人が参列。篠田正浩監督と、妻の女優の岩下志麻、山本晋也監督、辰巳琢郎、坂本龍一、山本寛斎、司葉子、アグネス・チャンらが大島さんと最後の別れを告げた。

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

雨の中駆けつけた松田龍平

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ

多くのファンも弔問に訪れた

「大島さん、ありがとうございました」松田龍平、田原総一朗が別れのメッセージ