政治 2015年05月30日11時03分

菅直人元首相「神のご加護がやっぱりあった」原発事故に危機感共有を訴える【映画「ナオトひとりっきり」トークショー 4/4】


菅直人元首相「神のご加護がやっぱりあった」原発事故に危機感共有を訴える【映画「ナオトひとりっきり」トークショー 4/4】

菅直人元首相と松村直登氏が固い握手をかわした

 ※「菅直人元首相が調べた東日本大震災直後の東電の動きとは?さまざまな事例挙げる【映画「ナオトひとりっきり」トークショー 3/4】」より

 中村監督:最後にいまの原発の状況であるとか日本の状況についておっしゃりたいことはありますか?
 菅直人元首相:確か3、4日前に、東電が2号機のベントは、失敗に終わっていた可能性が高いと発表しました。それを読まれた方はいると思うのですが、それが実は何を意味していたかというところまでは、多くの人はその記事だけでは分からなかったと思う。つまり、2号機がメルトダウンを起こして、圧力容器に穴が開いて、溶けた燃料が格納容器の底に落ちたわけですが、その段階から格納容器自体の圧力がドンドン上がり始めたんです。ベントというのはそのまんま放っておくと、格納容器や圧力でパーンと壊れてしまう可能性が高いから、そこでこう中の圧力を抜く、水蒸気とか気体を抜くため、わざわざ通路を作るわけです。1号機も最初にやろうとしたんですけれど、今回の報告は2号機です。それで、圧力が上がって、格納容器が破裂するのを防ぐ最後の手段がベントなんです。それに失敗したということは、そのまま圧力が上がったら、格納容器が壊れるということなんです。実際に壊れたんです。ただ、大破しなくて穴が開いたんです。格納容器の圧力が上がっていって、最後どういう形で壊れるかということを実験をした人は世界におりません。つまりはベントをして防ぐことになっているから。しかし、ベントは失敗しているんです。ということは格納容器が大破してもおかしくなかったんです。

 もし大破していたらどうなっているか。今でも2号機の中、格納容器の中は73シーベルトなんてことが、私の公開質疑で言われました。73シーベルトというのは、人間が近づけば5分間で確実に命を落とします。つまり、パーンと格納容器が壊れていたら誰も近づけません。3~5分しか生きていられないんだから。そうなれば2号機だけでなく、1号機、3号機、4号機、5号機、6号機と逃げなきゃ短時間で命がなくなるぐらいになります。結果としては大破ではなくて、ある意味でプシュっと穴が開いて、そこから大量の放射能がでて、いまはどうなっているかというと、それに一生懸命水を入れて冷やしていますが、冷えた水、冷やした水があふれているのがその穴からだと見られています。チェルノブイリは大きな事故でしたが、1機だけです。もし今言ったように2号機が大破していたら、福島第1、第2合わせて10機の原発と11の使用済み燃料プールがまさにコントロール不能になりますから。まさに、東京を含む少なくとも250キロ圏内から人々が逃げ出さなければいけない。場合によったら近隣の国にも相当な放射能の影響が及んだだろうと。これがいま分かっていることです。

菅直人元首相「神のご加護がやっぱりあった」原発事故に危機感共有を訴える【映画「ナオトひとりっきり」トークショー 4/4】

 

 いま2号機のことだけ言いましたが、同じようなことは4号のプールも水が残っていたんですが、水が一時期なくなっているんじゃないかということをアメリカが非常に心配していました。もし水がなくなっていたら、同じように、プールは格納容器の外ですから。外の水がなくなっていたら、使用済燃料プールの中で、実は定期点検中の使用中だった燃料が移してありましたから、それがメルトダウンして大気中に放出されれば、同じように250キロ圏内は、つまり東日本は壊滅でした。確かに東電の現場や自衛隊や消防が、上から水をヘリコプターで入れてどれだけ入ったかというのはあるのですが、その後、建築の生コンを50メートルくらい上げる機械を外国から導入して、やっと水がある程度の展開していって、現場のみなさんがものすごい頑張ってくださったことで、250キロ圏内の避難ということは免れたという面があります。

 もう1つはあんまり政治家らしくない言葉で私の本に書いたんですが、神のご加護がやっぱりあったと。つまり、2号機にしろ1号機、3号機にしろ、パーンと爆発してもおかしくなかったのがプシュッというくらいで持った。あるいは4号機のプールの水がなくなっていてもおかしくなかったのが、いろんな偶然、幸運な偶然が重なって、水が残っていた。そういう幸運がなければ、いま私たちはこの場所にいることはできない。私自身が3月11日までは、まあチェルノブイリのようなああいう事故はソ連というちょっとアバウトなところだから起きたんだろう、日本はもうちょっとしっかりやっているから起きないだろうというくらいの認識でした。しかし、今回の福島の原発事故は、本当に日本の半分があるいは事実上全部が壊滅してもおかしくない寸前だったということを、私自身が直面して分かりましたから、それから考え方を180度変えたんです。つまりは日本のためにも世界のためにも原発はなくすべきだと。このある種の危機感みたいなものをぜひ共有させてもらえたらと思いきょうは話しをさせてもらいました。

菅直人元首相「神のご加護がやっぱりあった」原発事故に危機感共有を訴える【映画「ナオトひとりっきり」トークショー 4/4】

 

 松村直登氏:当時私もラジオを聴いていて、菅さんのすごいところの一面で、あの当時、原発が危機的状況で吉田所長が命にはかえられない、みんなで避難したいといった時に、菅さんが「君らは命をかけて死守してくれ」と言って、あれがなかったら全部吹っ飛んでたと思う。北半球がダメになっていたかもしれない。そのあと、浜岡原発を止めたのもすごい決断だったと思うし、あのときの判断は私はもう感動しました。
 菅元首相:正確を期すために言っておきますと、私のところに避難を言ってきたのは、(東電の)清水正孝社長が経産大臣に言ってきて私のところまで経産大臣が言ってきたのは少なくとも、3月15日の午前3時ごろです。たぶん吉田所長は最後まで少なくとも自分が最後の1人なっても残るという覚悟がいろんなことで言われています。私が、その15日の午前4時か5時ごろに、東電の本店に行って、話をしたのはいま松村さんに言ってもらったように、「とにかくギリギリ頑張ってもらわなきゃ」という話はしました。そのことが、結果として少なくとも現場からの一時的な退避はありましたけれど、1週間、2週間退避するということにはならなくて、実際には15日の6時に2号機がさっき言った穴が開き、4号が水素爆発を起こした後、いったん第二サイトに大部分の人が移って、午後には戻ってきてまた、オペレーションに当たると。まあそういうことで、ギリギリ、まさに最悪のシナリオ。つまりは東日本や日本全部が壊滅するということが防がれたということは、そういうふうに見てもらえればありがたいと思います。

 最後に菅元首相、松村氏、中村監督の3人で握手し、菅元首相が松村氏へ、「また何かやれることがあったら言ってください」と、声をかけた。

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