映画・アニメ 2014年10月27日23時25分

庵野秀明監督 新劇場版「ヱヴァ」年表見て涙!燃え尽きて死の直前まで行った思い出告白


庵野秀明監督 新劇場版「ヱヴァ」年表見て涙!燃え尽きて死の直前まで行った思い出告白

庵野秀明監督がトークショーを開いた

 庵野秀明監督(54)が27日、東京・日本橋のTOHO シネマズ日本橋で『庵野秀明の世界』と称した大型特集上映会を開催し、司会は氷川竜介氏が務めた。

 23日よりスタートした『第27回東京国際映画祭』(TIFF)内の企画となっており、庵野監督の約50本の作品を大型特集で庵野監督のルーツなどを探っていく。連日、作品の上映後にトークショーが開かれ、この日で4夜目となる。

 同日は、『新世紀エヴァンゲリオン劇場版 DEATH(TRUE)2/Air/まごころを、君に』の上映後でのトークショーとなった。

 トークは前日に伝えきれていなかったGAINAX(ガイナックス)に所属してからの1988年からリリースされたOVA『トップをねらえ!』や90年の『ふしぎの海のナディア』(NHK)の裏話を披露。往年のファンを楽しませる。

 そして、終盤、いよいよテレビ版『新世紀エヴァンゲリオン』の話題に。『ふしぎの海のナディア』で精神的にも肉体的にも燃え尽きどん底の状態にいたという庵野監督は、大作に関われるほど意欲も沸かなかったそうだが、「誰も頼らずに1人でやるしかないと思ったんです。そのときにガイナックスと決別していて、キングレコードの方に企画はないかと言われて、スタジオどうする?となったときに、ガイナックスに逆プレゼンテーションしたんです。あのとき断られていたらサンライズで……、いやサンライズだとガチガチになってたからタツノコプロだったかな(笑)」と、回想。

 そして『新世紀エヴァンゲリオン』のテレビ版を終えたそうだが、当時、新作の『エヴァンゲリオン』を撮らないかというので、プロットを書いたそうで、それを最近になって見なおしたところ、「そのプロットが『進撃の巨人』だった。『進撃の巨人』を読んだ時にそっくりだと思いました」と、エピソードも飛び出す。しかし、それは実現に至ることはなく、「そこまで作りきる気力がなくて、(テレビ版『エヴァンゲリオン』が終わって)やっぱり壊れましたね。壊れきった時に、ほとんど誰も助けてくれなくて、あのときの業界に対する恨みみたいなのは今でもあるんです」と、複雑な心境も明かすこととなった。

 『ヱヴァンゲリヲン新劇場版』を、始めたきっかけについては、「実写を撮ってもどうしてもエヴァ的なものになったんです。エヴァじゃないものを撮ろうとしていたのに。それで、いっそのこと、『どうせエヴァにしかならないならエヴァやったらいいじゃん』というふうになった」と、向き合うことにしたという庵野監督。

庵野秀明監督 新劇場版「ヱヴァ」年表見て涙!燃え尽きて死の直前まで行った思い出告白

 

 まず影響を受けたのは2005年に上映された劇場版『Zガンダム』だったそう。同作は、1985年当時の原画と、新たに05年に描きなおした新作のカットが融合した作品となったが、「富野(由悠季)さんが、絵のクオリティを気にしないと言うのがすごいと思ったんです。あれが売れてると聞いた時に、『エヴァ』もそうしてみようと。『Z』で大丈夫だったんだからエヴァも大丈夫じゃないのと思ったんです」と、決意したという。しかし、その出来は「あまりにひどくて、これじゃお金が取れないと思った。そうしたら撮り直しか新作だねということになって。スタジオを作ることになって」と、現在の庵野監督が社長を務めるアニメ制作会社『カラー』が設立されたそうだ。

 現在も、新劇場版4作目の制作を続けているという庵野監督だが、26日には、日本のアニメーターの可能性を開く短編作品を毎週発表する『日本アニメ(ーター)見本市』の開始を発表し、盛り上がった(参照記事:庵野監督、新プロジェクトは『日本アニメ(ーター)見本市』)が、これの狙いについて、「決して横道じゃないんです。そういうこともやらないと、次のエヴァにつながっていかないと思っているんです」と、熱弁を振るうことに。

 新劇場版については、「ヱヴァ大変なんですよ!体力的にもそうですけど、精神的にも。『あーっ!!!』て、言うくらいしんどいですね。以前、1回死にそこねて、本当に危ないところまで行ったんです、このままだとあっちいっちゃうというところまで。それが『ヱヴァンゲリヲン新劇場版:Q』の後に、もう1回来て、今回は結婚とかしてたんで耐えられた。ヱヴァはとくに命が削られる」と死の直前まで行き、相当に追い詰められるものだという庵野監督。

 それでも、スタジオジブリの宮崎駿氏(73)から励まされたそうで、「宮崎さんも、テレビの『エヴァ』が終わって、僕が本当にやばいという話を聞いて、会社に電話かけてきてくれたんです。『そういうときは、休めばいいんだ。作れるようになるまで休めばいい』と。助けてくれたのは宮崎さんだけじゃなかったですけど、とくに宮崎さんに助けられましたね。ただ、『最後まで作る必要ないんだ』と言ったそのすぐあとに、『いや、最後までやったほうがいい』と言われたりはしましたけど(笑)あの人、日替わりで違うので。ただ、僕の中では『やったほうがいい』という以降更新されていないのでやってます」と、エピソードも披露。

 最後に、「いま『ヱヴァ』やってます。お待たせはしてますけど」と、作りきる覚悟を見せた庵野監督。それを言った後に、テーブルにあった新劇場版の年表を見て、「思い出して泣いちゃいました」と、目を潤ませつつ、「1作目が2007年、次が2009年、その次が2012年とくれば次が“6”になってもいいですよね(笑)頑張ります!」と、コメントを残していた。